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    164. 「孫氏の兵法」 (1月7日)

孫子のワープロミスと思ったかもしれないがそうではない。孫氏とはソフトバンクの孫正義社長のこと。氏はIT業界の風雲児であるが、最近はプロ野球にも進出して巷の話題をさらっている。暮れのTV番組(サンデープロジェクト)では王監督と登場し、「尊王攘夷」ならぬ「孫王攘夷」だと怪気炎だった。本業ではADSLの加入者数が4百万回線を超え、コンシューマ向けブロードバンドではトップを走っている。しかし不安もある。ブロードバンドの主戦場は光ファイバー(FTTH)に移りつつあるのに加え、通信業界では固定からモバイルへの流れが一段と鮮明になっている。そこで、ソフトバンクはモバイルの主戦場である携帯電話市場への新規参入、それも800MHz帯という既存事業者が使用している周波数バンドに割って入るべく攻勢をかけている。このバンドの周波数割り当てを変更する必要が総務省で生じたからである。昔の武将イメージ

これにはNTTドコモ、KDDIなどの既存事業者は猛反発している。同じ技術を使って後から入ってくる事業者にはリスクはなく、これを許したら長年かけて設備を開発しようやくここまできた先行者の利益が無になるというのである。確かにもっともな話ではある。

一方のソフトバンクはケータイ料金が高いのは寡占状態で競争が働かないからと、ADSLの成功を例にとり、価格に敏感な消費者を味方につける戦略で一歩も引かない。電波行政を担当する総務省のやり方がおかしいと行政訴訟まで起こした。(その後、総務省が800MHz帯の免許申請を受け付けることとしたため訴訟を取り下げた模様) こうした問題に精通した弁護士を顧問にしてマスコミや消費者、それにお上にたてつく訴訟も駆使するという戦法はこれまでの日本企業の常識を覆すという意味で「孫氏の兵法」と言えるだろう。報道で大きくとりあげられることでPRになる。訴訟の場合には、当然それなりの経費がかかるわけだが、守る側はそれに対抗するために極めて多くの労力を強いられる。

話はそれるが、企業がからむ訴訟で大きなものには独禁法、米国流にいうと反トラスト法に関する訴訟がある。AT&TやIBM、最近ではマイクロソフト社に関する反トラスト法訴訟は有名である。大企業の命運を左右するほどの影響力があり、資本主義社会では本質的に重要な訴訟である。

門外漢ではあるが米国にいたおり、反トラスト法訴訟は攻める側すなわち原告に有利な手続きであるように感じられた。訴えられた側は関係する全資料の提出が求められ、その整理や審問のために莫大な時間と労力が強いられる。それに対して原告側にもある程度の負担が発生するが、被告側に比較してたかが知れている。加えて原告側には、自分たちが大衆の味方であるとの宣伝効果もあるわけだ。

孫社長には今回のモバイルに限らずもう一つ大きな挑戦が視野に入っているはずだ。それは、NTT東西に対する光ファイバーの開放義務についての議論である。まさにこれが独禁法関連である。ADSLの世界でソフトバンクはNTT電話網の開放義務を有効に活用して、極めて効率的にトップに踊り出ることができた。NTTが過去に築いてきた電話網は全国で同じ仕様でできている。ローカル電話局内に自社設備を設置(コロケーション)し、集めたトラヒックをダークファイバーを利用してバイパスするというビジネスがほとんど全国一斉に可能になった。勿論、これだけブロードバンドが普及することになったのは孫氏の功績に他ならない。しかし仮に、米国であったならそうはいかなかっただろう。電話会社が数千社もあり、設備もレイアウトもそれこそ千差万別だからである。しかし、光では同じことはさせないというのがNTTである。すでにNTT側は、競争相手に原価で設備を提供する義務を課す支配的事業者に関する規制が光では不合理になっている旨の論陣を張っている。 これに反対するのはソフトバンクやKDDIなどである。

このバトルはまさに始まったばかりである。過去、数年間、通信業界の渦の中心には常に孫社長がいた。顧客情報の大量流失で一時は窮地に追い込まれたように見えたが、これをうまくしのいだのは流石というほかはない。守る側はもはや相手の出方待ちの専守防衛でなく、攻めることで孫氏の兵法に対抗し、大衆の支持も得られるのではないだろうか。

「敵を知り、己を知らば、勝はすなわち危うからず。地を知り天を知らば、勝はすなわち全うすべし」は孫子の言葉である。地や天は、現代ではさしずめマーケットや顧客であるに違いない。ナポレオンが愛読し、最近では米国国防総省(ペンタゴン)が研究しているという元祖孫子の兵法は2千年以上の時を越えて今も生きている。(1月7日)