下の息子のお宝のひとつに「クリントン大統領からの手紙」がある。 いきさつはこうだ。
ある日、ESL(注)という授業で先生が 「今日は、大統領に手紙を書いてみましょう。」と言うので、息子は、日本から来たこと、コンピュータがもっとあると外国のともだちと通信できて楽しいなどと書いたらしい。 少なくとも本人はそう書いたつもりだったようだ。
するとしばらくして、自宅にホワイトハウスから子供宛の返事が届いた。 その中には、金の紋章入りのカードが入っている。 感心したのはサインの部分である。 どうみても本物に見えるのである。 私自身はワシントン界隈での仕事であったため、大統領を何度か遠目に見る程度のことはあったが、息子の方が何枚も上であった。 文章はもちろん印刷ではあるが、You are the future of our country. と書かれた手紙をもらってしまうのだから。 かくして、息子はクリントンの大ファンになり、その手紙は今でも学習机の正面を飾っている。
しかし、この時期のクリントン大統領といえば、モニカルインスキーさんとのことばかりが話題にされた時期でもあった。 駐在の日系新聞記者はお堅い政治畑ばかりだから、慣れない言葉の和訳に苦労し、ぼやくことしきりだった。 それでも、国民の人気が衰えなかったのは、経済がまれに見る活況を呈していた幸運とともに、そのたぐいまれな人心掌握術にあった。 ことに、彼の演説にはききほれてしまう。 時に力強く、時にしんみりと語り、俳優顔負けであった。 真偽のほどは定かでないが、幼少の頃、父親に銃口を向けられたという恵まれない過去も赤裸々に語る。 その物語りは同じような境遇をもつ人々の共感を生み、アメリカンドリームの体現者に映るのである。
ブルータスの時代より、所詮、政治はショーであり、政治家はタレントである。 しかし、それによって人が動き、世界が大きく変わる。 なぜなら、人間は理性よりも感情の生き物だからである。 何でもイーでいいわけはないのである。
(9月5日)
注) English as the Second Language
の略で、英語を母国語としない外国人むけに特別編成される授業。 「大統領への手紙」は、このESLの先生の独自アイデアなのかもしれない。