ある方からきいた会社の新人採用面接でのお話。
居並ぶ面接官の一人が受験生に「あなたのカギョウは何ですか」 と質問した。 緊張していた受験生は、どうしてそんな質問をするのかと不思議に思ったが、黙っているのもまずいので、大きな声で答えた。「はい、カキクケコです。 」結果は言わずもがなである。
日本語は同音異義語が多いから、その場の状況をわきまえないととんでもないことになる。 まあ、それが、駄洒落や川柳などを育ててもいるのだが。ところで、この「家業」という言葉は死語になりつつあるので、あながちこの受験生を笑うことはできない。
かつては、自分の家が何で生計をたてているかが自明であったし、多くの家にはれっきとした屋号があった。子供同士も、魚屋のサイちゃん、石屋のトシ坊のように呼ぶことが多かった。そう呼ばれることで子供は自然に職業というものを意識するようになったし、時々、家業の手伝いをすることで駄賃をもらう知恵も身につけた。しかし今や、家庭の8割がサラリーマン世帯である。そして、その職場も自宅と遠く離れたオフィスや工場だから、親の仕事を手伝うどころか、親が一体何をしているのかさえわからない。肝心の給料も銀行振り込みという悪しき習慣が普及したため、親の甲斐性を知らしめる儀式が非常に少なくなった。
近年、フリーターが多くなったが、何を職業にしたらいいかだけでなく、そもそも仕事をするというのがどういうことかわからない学生が増えているという。その原因の一つには、職業意識が育たない現代の家庭環境があるのだろう。そこで、週に一度でも家で仕事をするようにすれば、親の仕事が何なのかが多少わかるのではないだろうか。もっとも、最近はどの職業でもパソコンの画面に向かってやる仕事が多くなったから、ちょっと見では何をする人かわからない。 昔は、経理屋さんはソロバン、建築士は大きなT定規という具合に、使っている道具で職業がわかったものだが。 それでも、多少でも仕事の一端を垣間見せることはできるだろう。子供が胸をはって答えられる「家業」の復活は無理にしても。 (10月21日)